約8ヶ月も中断しておりましたベルギー訪問記ですが、
そろそろ訪問から1年近く経ってしまいますので、次にベルギーに行かないうちに再開しておきたいと思います。
ベルギー訪問記については再開して欲しいというメールを何人かの方からいただいておりました。
お待たせしてすみませんでした。
今度はできるだけ中断しないようにします。
前回のお話はこちら:イースターのプレゼント
第5日目 2008年3月24日(月)
■コントレラス醸造所へ
午前7時起床。
ゆったり朝食をとって9時前にOさんと合流。

※写真はヒルトン・ブリュッセルより。右端に見えるのは最高裁判所。
比較的天気が良いが、昨夜の雪でところどころ雪が積もっていた。
今日の予定はコントレラス醸造所のみ。
普通はイースターで休みの会社が多いのだが、ここは家族だけで経営している小さな醸造所のため、
休みも関係ないということで訪問させてもらうことに。

アールスト、ゲントを経由して醸造所に到着したのは約束のちょうど5分前。
さすがOさん!
出迎えてくれたのは現社長のフレデリック氏。
2回目の訪問となる今回は事務所に通してもらった。

ここで今日訪問するコントレラス醸造所について。
コントレラス醸造所は東フランドル州のGavere(ガーヴレ)という村にある。
このあたりは「フランダースのアルデンヌ」と呼ばれる起伏に富んだ地形で伝統的なフランダースの村である。
醸造所の創業は1818年。
当初は典型的な醸造農家で、夏は農業を営み、冬にはビールを醸造していた。
もともと醸造所を所有していたのはレット家だったが、1898年にゲント近郊に醸造所を所有していたコントレラス家のルネ・
コントレラスに売却。
第一次世界大戦前後にはゲント近郊の醸造所は廃業し、現在のコントレラスのみとなった。
第二次世界大戦後、ピルスナーを発売すると大人気となり、4代目のマルセルはさまざまな設備投資を行った。
当時は村にあった60軒ほどのバーに卸していたが、だんだんバーの軒数が少なくなるにつれてビールの販売量も減っていったため、
消費者向けに瓶内二次発酵タイプの新しいビールを開発していくことになった。
1957年、5代目のウィリーは醸造学校で醸造を学び、1982年にマルセルが亡くなると、
後を継いでさらに醸造所を発展させていった。
2000年からはウィリーの娘アンの夫であるフレデリックが醸造所で働き始め、2005年には正式に6代目の当主となった。
現在ではピルスナーのほかに、上面発酵タイプのトンネケ、ヴァレールといったシリーズがあり、 年間生産量は250klと小規模ながら秀逸な味わいのビールを造り続けている。






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